華為技術 Huawei Technologies の発展史

Pocket

以下は、「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成30年(2018年)7月3日(火曜日)通巻第5746号<前日発行>より転載。


 
 華為技術(ファウェイ)は人民解放軍の工兵エンジニアだった任正非が1987年に立ち上げた。資本金は僅か5000ドルでしかなく、しかしトウ小平が訴えた「外国からの技術輸入を減らせ」と掛け声に便乗せず、軍の技術開発を手がけてめきめき業績を上げた。
 自主開発からはほど遠く、華為のスタート当初は外国技術の導入と通信設備の販売だったのだ。

 1993年、華為は創業以来初の自社製品、デジタル通信のスイッチをつくった。この画期的な中国自主開発の発明に注目したのが江沢民政権だった。
 米国ではクリントン政権下で、ITバブルが始まっていた。「ドットコム・バブル」の波は、瞬く間に中国にも波及し、固定電話の普及は遅れていたが、携帯電話の先駆けとなり、華為は経営を軌道に乗せた。

 なぜならIBMを指南役に華為が技術開発を進行させたが、同時にシスコシステム、デル、ヒューレットパッカードなど米国のIT企業が中国に本格的に進出し、パソコン工場を増設していたからで、大学でのエンジニアが大量に生まれ始めた時期にも重なった。

 2000年代、華為は3G、4G通信で先駆的役割を担い、次世代5G通信では、世界的なトップランナーになり仰せた。アリババ、百度、テンセントという中国を代表する企業と技術開発で競合しつつ、ソフトウエア、クラウドにも進出し、習近平の唱える「MADE IN CHAINA 2025」の旗艦企業となった。
いまや華為はスマホで世界一、通信設備ではエリクソンに次いで世界第二位。特許出願件数で世界一(特許成立件数とことなるが)。

 米国が危惧するのは、この華為技術が次世代技術の多くの分野で、世界市場を寡占するのではないのか、米国の技術的優位が根底的に揺らぐのではないか、とする懸念が根底にある。

しかしEU諸国は、この華為の進出に危惧感が稀薄である。華為の通信網は世界的シェアを16%に伸ばしているがEUでは39%の急成長を達成した。
ひとたび同社の通信システムに繋がれば、データが漏洩することは目に見えているのに、米国並みの不安はないのである。

 順風満帆だった中国経済だが、トランプ政権の制裁関税発動によって、先行きの薔薇色のシナリオが崩れ始めた。