令和7年の夏、もうすぐ8月が終わろうとしているのに、ひどい暑さだ。

お盆休み前、俺の実家では40度近い気温を記録した。40度近いと外の空気の中にいることが耐えられない。

お盆をすぎてほんの少しだけ空気の中にある暑さの粒子が少なくなった。

それでもきょうは相変わらずに暑い。きょうは房総のむらに向かっているのだ。

運営しているのは公益財団法人千葉県教育振興財団で、住所は千葉県印旛郡栄町龍角寺である。

房総のむらについてはいろいろ書きたいが、なにしろ書くべきことが多すぎる。少しずつ書いていくしかなさそうだ。

この記事では以下にふたつだけ房総のむらで調査した文化財を紹介して、いったんここまでにしよう。

☆   ☆

朝9時15分ころ、最寄り駅のJR安食駅を降りた。

駅舎は古いが、往年の国鉄時代を思い起こさせる小さくてかわいいつくりだ。

地方鉄道の典型的な駅舎である。

そこから9時半に出発するバスに乗り込んだ。

お客は俺と妻以外誰もいない。運転手と房総のむらのことを話した。40歳くらいのいかにも地方バスの運転手らしい男だ。愛想は少ない。家庭ではきっといい父親なのだろう。

運転手は、あなたがこれから行く場所には、日本で一番大きなホウフンがある、と教えてくれた。

俺は、ホウフンが聞き取れず、何ですかと尋ねた。

ホ ウ フ ン

今度はちょっとゆっくりはっきり言ってくれた(さっきよりほんの少し)。

ああ、方墳か!

バスの運転手がいきなりホウフンなんて言うから、すぐには分からなかったよ!

実際に見たら、想像を超えてでかい。

「岩屋古墳」という。

俺が調査したとき、古墳の研究員が古墳に生えた草を刈っていた。

50歳なかばの研究員と話をした。

男性でからだつきがいい。

真夏に草刈したり、発掘作業をしたりするから体が資本なのだろう。

貴重品が納められていた石室は江戸時代に盗掘にあったらしい。

研究員が調査したときには、すでに何もなかったそうだ。

話しぶりや年齢からして、この方が岩屋古墳の発掘・研究の主任なのだろうと思った。

古墳のふもとのあたりを草刈していた。古墳の上にはあとふたり若い男性が草刈している。

草刈り作業は業者に任せるのだと思っていたけれど、貴重な文化財を傷つけてはいけないので、重機を使うような作業でなかったら、研究員が自ら作業するのであろう。作業を進めながら、遺跡の保存の確認にもなるし。

俺は主任研究員に、もし盗掘されてなかったら副葬品はどんなものがあったと考えられるかと、聞いた。

研究員は銀の冠飾りが出ただろうと言った。

復元された冠飾りが、房総のむらの中にある資料館で展示されていた。