男、夜半に目覚む。胸中に旋律浮かぶ。微妙幽玄、言語に表すべからず。即ち身を起こし、自宅スタヂオに入る。
燈火寂として灯り、スタヂオの隅に影を作る。
男は独り椅子に座り、テレキヤスを抱き、指を弦に這はす。
旋律、掴めども逃げ、追えども遠し。
初めは散漫にして、脈絡なし。然れども、幾度か試みるに従ひ、音、次第に定まりゆく。
弦の響きは低く呻り、高く輝き、小さきスタヂオの空気震わせ、男の胸の奥を惑わす。
やがて、心にかなうフレイズ、微かに生まれ出づ。
目を閉じ、定まりつつあるフレイズ、幾度か繰り返し弾ず。
この世に生まれつつあるフレイズの趣、低音の轟くこと地の如く、高音の澄むこと天の如し。
斯くしてフレイズ自から成り、初めに胸中に浮かびしもの、今や現実の響きとなる。
ふと、窓の外を見やる。漆黒の闇、仄かに白む。冬の夜明けは遅し。東天の空に淡き朱の兆し有り。静寂のうちに光、忍び寄る。
遠き街路に、車の走る音、僅かに聞こゆ。
冬の曙、静かに明けゆく。