令和五年9月6日
短編集「真夏の死」所収
銀座の鰻屋で、子守として働く十六歳の美代。
彼女が子守をしているのは、女将が中年になって生んだ子、睦男だ。
美代はいつも睦男を背におぶっている。
店の近くにある浜離宮公園に、背中の睦男をゆすぶりながらよく行く。
店の外に出ると美代は気づく。
誰も背中に子どもをおぶっていないことを。
自分だけが、背中におぶっている。
美代は公園で偶然、若い男女と知り合う。
彼らは美代の背中にいる睦男の姿を見て、こんなかわいい子供がほしい、という。
美代は、トイレに行くので、その間だけ睦男を見ていてほしいと嘘をつき、子供を男女にあずける。
ひとりで公園を出て、すぐに都電に乗り込む。
もう背中に何もない。ほかの人と同じだ。
とにかく、このまま終点まで行く。
終点まで行ったら、また別の路線に乗り換えるつもりである。
昭和二十二年12月「別冊文藝春秋」掲載