
明治天皇駐蹕之処の碑
「駐蹕(ちゅうひつ)」とは、天皇が行幸の途中で一時乗り物を停めること、また一時、その土地に駐留することです。
千葉県の「習志野地名発祥の地」を示す史跡です。
明治6年(1873年)4月29日から5月1日、明治天皇は今の船橋市にあった演習場にお出ましになり、野営して演習を天覧しました。
皇居に還幸した後、5月13日にこの地を「習志野原」と命名しました。
その故事を記念するため、大正6年(1917年)、陸軍省を中心とする有志によって碑が建立されました。
石碑にある文字は、陸軍大将山縣有朋の筆です。
石碑は当初、明治天皇が天幕を張ったとされる場所(船橋市習志野台四丁目59番)に建っていました。
現在は船橋市郷土資料館に隣接する薬円台公園内にあります。

令和8年2月14日、陸上自衛隊第一空挺団の拠点、習志野駐屯地にある空挺館を見学した。
習志野駐屯地はこの明治天皇駐蹕之処の碑のすぐ近くだ。空挺館に行く途中、明治天皇駐蹕之処の碑を見学した。
明治天皇が天幕を張った場所
現在の船橋市習志野台四丁目59番がそうである。地図上に四角で囲った場所だ。
明治天皇駐蹕之処の碑のほど近くである。