2027年2月27日調査

東京駅中央通路を八重洲口方面に向かい、新幹線改札口に行く階段手前に現場を示す印が床に埋め込まれている。

濱口首相が実際に銃撃された現場はここではなく、この印の上空、当時の4番プラットフォーム上である。

現場脇の柱に説明パネルが設置されている。

浜口首相遭難現場

昭和5年11月14日 午前8時58分、内閣総理大臣浜口雄幸は、岡山県下の陸軍特別大演習参観のため、午前9時発の特急「つばめ」号の1等車に向ってプラットホームを歩いていた。このとき、一発の銃声がおこり浜口首相は腹部をおさえてうずくまった。かけつけた医師の手によって応急手当が加えられ、東京帝国大学医学部附属病院で手術を受け、一時は快方に向ったが翌昭和6年8月26日死去した。犯人は、立憲民政党の浜口内閣が、ロンドン条約批准問題などて軍部の圧力に抵抗したことに不満を抱き、凶行におよんだものといわれている。

濱口雄幸

濱口首相の死は謎めいている。