2025/12/21
蓬田修一
21世紀に入ってからの国際政治は、「自由化」と「統合」を前提とする時代から、別の局面へ移行している。資本・人・モノ・情報の国境を越えた移動は、確かに経済成長をもたらした。しかし同時に、多くの国で国民の生活は不安定化し、治安や雇用、文化的連続性に対する不安が広がった。こうした状況の中で、世界各地で「自国民ファースト」を掲げる指導者が支持を集めている。
この現象を、単純にポピュリズムや排外主義として片付けることは、現実を見誤る。多くの国民が求めているのは、他国を排除することではない。国家が再び自国民の生活を引き受けるという政治の回復である。グローバリズムが進む過程で、国家はしばしば「市場を管理する主体」から「市場に従属する存在」へと変質した。その結果、政治が国民の生活実感から乖離したのである。
この「回復の政治」は、アメリカ、ロシア、イタリア、台湾など、体制の異なる国々でそれぞれ異なる形をとって現れている。ただし、この潮流は常に二面性を持つ。一方では、自国の失われた文化・伝統や活力を盛り戻す可能性を秘めるが、他方では、指導者個人への権力集中を正当化する装置にもなりうる。
わたしは政治家や組織のリーダーにとってもっとも大切なものは理念だと考えている。自国民ファーストの理念は、政治における第一原理である。ただし、その理念が「誰のために」「どのような制度で」「どのような情報環境で」実行されるを常に問わなければならない。透明な情報公開、権力分立、自由な言論が保たれていれば、国民中心の政治は民主的統治と両立しうる。しかし、情報が統制され、批判が封じられる環境では、権威主義・独裁主義を強化する方向に働く。
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この点で、中国共産党政権は注目すべき国家である。中国では、ナショナリズムは自然発生的な感情ではなく、長年にわたって党によって制度的に形成されてきた。党、国家、国民の境界は意図的に曖昧にされ、「中国が強くなること」と「共産党の統治」が同一視されている。さらに、情報統制によって国民は正確な歴史事実を知らず、天安門事件のような国際的に重要な出来事すら若い世代には共有されていない。
このような体制下で「自国民ファースト」を掲げる指導者が現れた場合、それは国民の生活改善を目指す改革者というよりも、党の正統性を再強化する新たな動員型指導者として機能する可能性が高い。すでに中央集権と権力集中が極限まで進んでいる中国では、理念の変更だけで民主化が進むとは考えにくい。
現在、中国経済は成長モデルの行き詰まりに直面し、若年失業の増加や中間層の不安定化が進んでいる。国民が本当に求めているのは、抽象的な国威発揚よりも、具体的な生活の安定である。しかし、共産党政権は構造的にそれに十分応えられない状況にある。いま中国は日本に対して異様な情報戦を実施し、2025年12月には空母遼寧から飛び立ったJ15が、我が航空自衛隊F15に向けて、30分間にわたって断続的にレーダー照射を行うという、日本側の対応如何によっては軍事衝突につながる異常な行動を行った。中国は日本に対してだけでなく周辺国との緊張を高めることで国民の不満を外部に向けさせている。こうした歴史的に繰り返されてきた統治手法を行っているのも、中国国内の状況が厳しくなっていることも証左である。
また、ソ連末期から現在のロシアの状況をみてみよう。ロシアでは、プーチン政権が強い大統領権限を持つ中央集権体制を築いている。プーチンは、ソ連崩壊後、国家資産を収奪したオルガルヒの支配を抑え、「ロシア人によるロシア国家」の感覚を取り戻した。1990年代の混乱と屈辱の記憶を共有する国民から、強い支持を得たのである。わたしは、プーチンのことをソ連時代から崩壊後の国民をないがしろにした政治からロシア 本来の姿を取り戻そうとしている素晴らしい政治家だと考えている。メディア や 一般の人の評価とは違うかもしれないが、 プーチンに関する公になっている情報からこのようにに感じる。しかしその一方で、プーチンの事例は、自国民ファーストという理念が、結果として強い権力集中と結びつく構造を持ちうる可能性も示している。
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現代の国際政治を理解する上で、もう一つ重要なのが情報環境の変化である。SNSの普及により、国民は既存メディアを介さずに情報に接することが可能になった。これは確かに情報の民主化を進めたが、同時にフェイク情報、感情を煽る切り取り、国家や企業による世論操作も容易にした。さらにAIの進展は、この傾向に拍車をかけている。
もはや問われているのは、「情報にアクセスできるか」ではなく、「その情報は誰の利益を代表しているのかを見抜けるか」である。国民一人ひとりの判断力が、政治の行方を左右できる時代に入っている。
世界の主要国はいま「国民の生活を中心に据えた政治」へと揺り戻しを起こしている。しかし驚くべきことだが、それを快く思わない勢力も存在する。わたしは感情的な期待や悲観に流されず、公開情報と歴史的構造をもとに冷静に考え続ける姿勢を忘れないようにしたい。