2025/12/18
蓬田修一

20世紀最大の社会主義国家であったソビエト連邦は、1991年に崩壊した。この出来事は冷戦終結という国際政治上の転換点であると同時に、「広大な領土を強力な中央集権と一党独裁で統治する国家は持続可能なのか」という根源的な問いを、改めて突きつけた出来事でもあった。

ソ連の崩壊を、外部勢力の介入や指導者個人の失策によって説明する議論も存在する。しかし歴史を長期的に見れば、ソ連は人類史の中で繰り返されてきた「強権的中央集権国家の限界」を、例外的に免れることはできなかったと理解することも可能である。


1.ソ連はなぜ崩壊したのか――歴史の原則から見る

これまで見てきたように、秦王朝、古代ローマ帝国、ナポレオン帝国など、強力な中央集権と独裁体制を敷いた国家は、短期的には高い動員力と統治効率を示すが、長期的には内部矛盾を蓄積し、崩壊に至る傾向を示してきた。

ソ連もまた、この歴史的パターンから逃れることはできなかった。計画経済の硬直性、官僚制の肥大化、党と国家の同一化、思想統制による社会の停滞は、いずれも中央集権国家が抱えやすい構造的問題であった。

重要なのは、ソ連の指導者たちがこうした歴史を知らなかったわけではない点である。レーニンをはじめとする革命指導者は、高度な理論的教養を持ち、古代帝国の興亡や近代国家の失敗を十分に理解していた。それにもかかわらず、彼らは「自分たちは例外である」と考えた。

その根拠となったのが、マルクス主義の歴史観である。


2.マルクス主義がもたらした「例外意識」

マルクス主義において、国家とは階級支配の装置である。秦やローマが崩壊したのは、中央集権そのものが問題だったからではなく、支配階級の利益を守る国家であったからだと再解釈された。

ソ連は、プロレタリア階級が権力を掌握する国家であり、階級そのものを廃絶する過程にある以上、従来の国家と同じ運命を辿らないと考えられた。強力な独裁は「革命を守るための一時的措置」であり、最終的には国家そのものが死滅する――この理論は、中央集権の危険性を正面から直視することを回避させた。

結果として、理論は現実を検証する枠組みではなく、現実の矛盾を無効化する装置として機能した。この構造が、ソ連崩壊の思想的背景にあったといえる。


3.中国共産党政権は今もマルクス主義国家なのか

このソ連の経験を踏まえて、中国共産党政権をどのように理解すべきだろうか。中国共産党は現在も公式にはマルクス・レーニン主義を掲げ、「中国の特色ある社会主義」を正統思想としている。

確かに、中国では土地は建前上、国家または集団の所有とされ、生産手段の社会主義的共有という形式は維持されている。しかし実態を見ると、土地使用権は市場で取引され、地方政府はその収入に依存しており、経済運営は国家資本主義的性格を強く帯びている。

多くの研究者は、現在の中国共産党指導部が、マルクス主義の最終目標である「共産主義社会の実現」を現実的な政策目標として追求しているとは考えていない。むしろ、党の長期支配の維持、国家統合、社会安定が最優先課題である。

それでもマルクス主義が捨てられないのは、それが中国共産党にとって唯一の統治正当性の源泉だからである。


4.中国はソ連と同じ道をたどるのか

しばしば問われるのが、「中国はソ連と同じように崩壊するのか」という問題である。学術的には、両者には重要な違いがある。

ソ連では、理論が現実を拘束し、修正が困難だったのに対し、中国では現実に合わせて理論を変形させる柔軟性が保たれてきた。その意味で、中国の体制持続力はソ連より高いと評価されることが多い。

しかし同時に、中国共産党政権もまた、中央集権と独裁体制が抱える矛盾を免れてはいない。経済格差、地方と中央の緊張、社会統制のコスト増大など、内部矛盾は確実に蓄積している。

将来的に中国が分裂に向かうのか、その時期がいつなのかを断定することはできない。しかし、中国史における統一と分裂の循環を考えれば、その可能性自体を否定することもできない。


5.学問と評論のあいだで考えるということ

本稿で扱ってきた問題は、厳密な意味での学問的検証には限界がある。一方で、歴史的比較や構造的思考を通じて、一定の見通しを持つことは可能である。

学問的アプローチは、確実な史料と慎重な分析を重視するが、すべての現象を説明し尽くすことはできない。そこを補うのが、評論や批評的思考である。ただしそれは、学問を否定するものではなく、学問の成果を踏まえた上で行われるべきものである。

ソ連の崩壊と中国共産党政権の行方を考えることは、東アジアの国際政治を理解するうえで不可欠であり、同時に、学問と評論の境界を意識しながら思考を深める格好の題材でもある。


結論

ソ連は、人類史における中央集権国家の限界を克服できなかったという意味で、歴史的必然として崩壊したと理解できる。中国共産党政権は、その経験を踏まえつつも、同じ矛盾を内包したまま存続している。

この体制が今後どのような道をたどるのかは断定できない。しかし、歴史と思想を踏まえた冷静な分析を続けることこそが、国際政治を考えるうえで最も重要な姿勢である。