2025/11/21
I met this artwork in a gallery and was strongly drawn to it. The canvas depicts two girls. When you turn the image upside down, another girl appears. This isn’t a trick art piece. Two characters exist within a single person. This is me.
六本木ヒルズ A/D Galleryで中風森滋というアーティストの作品を見た。
中風森滋、なかかぜ・しんじ、わたしは初めてこのアーティストを知った。
わたしはアート作品を、直感で、いいな、そうでもないな、と鑑賞するタイプだ。
作品を見て、いいな、と思った。
会場の壁に、中風森滋についての文章が掲示されていた。
ギャラリーの主人が書いたのかもしれない。
いい文章だな、と思った。
こういう文章だ。
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中風森滋は、重なり合う線とキャラクターを通して、人の内面に潜む感情の揺らぎを描き出すアーティストです。落書きのように始まる線の集積は、次第に形を成し、どこか不完全で不安定な存在としてキャンバス上に現れます。中風がこれまで追い続けてきた「描くことの内的必然」と「線の呼吸」は、本展においてより深い層へと進化を遂げています。
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以下は、中風が自分のことを書いた文章だ。いいな、と思った。
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私は世の中の情報量や早さについていけず、想像力もうまく働かない。ささやかでも自分なりの生きている実感を得るために、漫画のキャラクターのような線の絵を描き続けている。情報過多な今の状況は、思うに過剰な明るさが関係している。昔話の中では、火を灯して対象を「見る」ことで物語に進展が起きたりするが、現実でも、スマホなどの人工的な光で照らすことで、詳細な情報が見えるようになり、様々な事象が明るみになる。明るさ、引いては火というエレメントが状況の活性化に重要な役割を果たしている。絵を描くこともある意味、見えないものを明らかにする行為と言える。ただし私は、明るさを通じて、情報を詳らかにするものではなく、生を実感するために、自身の内面や感覚という暗い面に着目した表現を行いたい。
私は幼い頃からキャラクターを線で描いてきたため、手がキャラクターの線を覚えている。画面上で生まれる、交差した線の形は、キャラクターであると同時に、抽象的な形でもある。その曖昧さの中に、私自身の感覚や記憶が確かに働いているように感じる。明るみになることに暇がない今の状況に対して、そのような暗さを通じて、少しでも生きているということを感じたい。
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中風森滋/Nakakaze Shinji
1994年千葉県松戸市生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科卒業。キャンバスにキャラクターを描くアーティストである。彼は、行き詰まった状況や周囲にあふれる情報に混乱し、線のように絡まって停滞している思考を、キャラクターのらくがきによって解きほぐすように画面上に解放する。そこから始まり、頭の中にある幾重にも重なる線から具体的な形を成していく。そして、その線を拾い上げ紙からキャンバスへと移し、キャラクターに息吹を吹き込むのだ。ふわふわと広がった絵具は重力や世界のルールを軽視し、現代で心地よく呼吸できる場所を作る。
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中風は画材も独自開発している。このことも、いいな、と思った。
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油絵ペンの研究開発について
私は2025年4月より、油絵具を用いた線描を可能にする「油絵ペン」の研究開発
を進めてきました。本展では、その経過と成果を作品とあわせて紹介しています。
この研究の背景には、私自身の制作があります。幼い頃から描いてきた漫画の線
を、油絵の深みと結びつけたいという思いから、長年、線表現を軸に制作を続けて
きました。しかし、スポイトやスポイトボトルでは描ける線が短かったり、絵具が立体的に盛り上がり乾燥が極端に遅くなるなど、さまざまな限界がありました。身体感覚に近い「漫画の線」を油絵具で描くためには、新たな道具が必要でした。
そこで、市販のマーカー容器を用いた自作の油絵ペンを試作し、溶剤(テレピンや
OMS)、アクアオイルDUO、分散剤、ペン先、容器素材(PPなど)との相性を検証
しながら、10本以上の試作を重ねました。揮発、詰まり、顔料の分散、密閉構造
などの課題に一つずつ向き合い、安定して油絵具の線を描ける状態へと改良を続
けています。
その結果、油絵具でありながらペンのように滑らかに線を引くことができる状態に近
づき、線表現の幅が広がりました。においや筆洗いの負担も少なく、これまでより扱
いやすいかたちで油絵の線を試せるようになっています。今回の展示作品の多くは、この自作の油絵ペンを使用して制作しています。新しい道具を使うことで線の動きが変わり、制作の中で見えてくるものも少しずつ変化しました。作品と研究が並行して進んだ、その過程も含めてご覧いただければ幸いです。
本研究は、アーティストフォローアップ制度による支援を受けて進めることができまし
た。また、素材検証や実験において助言や協力をいただいた多くの方々のお力添えに、この場を借りて心より感謝申し上げます。油絵ペンの開発は現在も継続しており、より安定した構造にできるよう検討していきます。作品を通して、道具の試作がどのように制作へ影響していったのか、その過程にも目を向けていただければ幸いです。
中風森滋



中風森滋の描くキャラクターは、かわいいイラストではない。
一見そう見えるが、実は「自己の内面のセルフ・ポートレート」であり、中風の内面(感情、不安、弱さ)が見える。
線が重なっているが、重なりは落書きのような自由さがある一方で、不安が宿っている。
その不安がキャラクターを形づくっているから、わたしはこの作品に共感したのだと思う。
上の写真の作品はひとりの女の子が描かれている。上下を変えるともうひとりの女の子が出てくる。
この反転性は、単なる視覚のトリックではない。
向きを変えることで別の「自己」が立ち上がる。
ひとりはうずくまるように佇む。もうひとりは軽快に歩いているように見える。だが、目は伏し目がちで、どこか不安だ。
どちらもひとりの人間の内側にある、ふたつの感情なのだ。
中風はキャラクターを、自身の内面やアイデンティティ、弱さの表現手段として使っているという。
上の文章にあるように、中風は「現実の情報量についていけず、想像力も満足に働かない」と語っており、彼は現実より二次元の世界のほうに親近感を持っているようだ。
彼のキャラクター作成は現実からの逃避でもあるし、描きあがったキャラクターは彼にとってリアルそのものでもあろう。
そうだとしたら、シンプルな線のつながりで、自分自身の感覚の核心を描けるのはうらやましい。
現代絵画のアーティストでもキャラクターを扱う人は増えている。
そのなかで、中風の作品はポップアート寄りでもなく単なるかわいいイラストでもなく、かなり個人的で内省的だ。そこが気に入った。