はじめに
老舎の代表作『駱駝祥子』(1936年)は、1930年代の北京を舞台に、努力を重ねて「自分の人力車を持つこと」を夢見た青年・祥子が、さまざまな社会的暴力と不幸に見舞われて、ついには堕落し、夢を放棄していく姿を描いた長編小説である。
本作の原題『駱駝祥子』に含まれる「駱駝(ラクダ)」という語は、物語における特定の場面に登場するものの、主人公の名前と並置されてタイトルを構成することから、象徴的な意味合いが強く示唆されている。
本稿では、「駱駝」が持つ象徴的意味を探り、それが主人公・祥子の運命や小説全体の主題といかに結びついているのかを論じる。
ラクダとの出会い――自由と希望の象徴
作中において祥子がラクダに出会うのは、彼が軍隊に連行され、強制労働を課されたのち、命からがら脱走してきたときである。このとき彼は、軍から3頭のラクダを盗み、北京に帰還する。老舎はこの場面で、ラクダたちを「静かで、誇り高い生き物」として描写している。
「ラクダたちは重い荷を運びながらも、決して不満の声をあげなかった。長いまつげの奥にある眼は、まるですべてを諦め、受け入れているようだった」(老舎,2006:60)
この描写からうかがえるのは、ラクダが単なる動物としてではなく、「耐えること」「黙して語らぬ強さ」「自由を求める行動」の象徴として置かれている点である。祥子にとってラクダは、物質的には軍からの略奪品であり、売却することで現金を得る手段にすぎないが、精神的にはそれ以上の意味を持つ存在である。
藤井省三は、『現代中国の文学空間』において「ラクダとの出会いは、祥子にとっての“二度目の出発”を意味している。彼が一度打ち砕かれた夢を取り戻す契機として、ラクダは再生のメタファーを帯びている」(藤井,1993:121)と述べている。ラクダは、都市という冷酷な空間から一時的に離れ、自己を取り戻す象徴的な媒体として機能しているのだ。
売られるラクダと失われる希望
しかし、そのラクダもまた、祥子にとって「手放すべきもの」として早々に売却されてしまう。祥子は北京に戻るとすぐ、3頭のラクダを売って、その金をもとに再び人力車を手に入れようとする。老舎はこの場面を淡々と描写するが、その背後には「夢を金に換える」という行為の深い諷刺が潜んでいる。
「彼はラクダを売った。たったの三十元になった。だがその金は、彼にとってどんな希望よりも具体的だった」(老舎,2006:65)
ここでの「どんな希望よりも具体的」という表現は、祥子が理想や信念ではなく、「現金」という現実の力に依拠するしかない境遇に置かれていることを示している。
ラクダは、希望を体現した存在であると同時に、売られることで「希望を失う契機」としても機能する。つまり、ラクダは二重の象徴を持つ――希望の具現であると同時に、その喪失をも意味する存在なのだ。
ラクダ的存在としての祥子
『駱駝祥子』というタイトルは、「祥子とラクダ」を並列する形で構成されているが、これは単に「ラクダと行動をともにした男」という意味ではない。むしろ、祥子自身が「ラクダのような存在」へと変貌していくことを暗示していると考えられる。
物語の終盤、すっかり疲れ果てて希望を捨てた祥子は、「何も考えずに一日をやり過ごす」ことを日常とするようになる。老舎はその状態をこう描いている。
「彼はまるでラクダのようだった。だれが乗ろうと、どこへ行こうと、ただ静かに進むだけ。いや、進んでいるのかすら、もう分からなかった」(同,p.157)
この比喩は、祥子がかつての理想や目標を完全に捨て、「使われるだけの存在」となったことを表している。ラクダは耐える動物であり、命じられるままに動くが、決して自分の意思で何かを変えようとはしない。
その意味で、老舎は「駱駝」を用いて、祥子が堕落した末にたどり着いた「意志の放棄」「主体性の喪失」を象徴させている。
井口晃は『老舎とその時代』において、「ラクダは生の象徴というよりも、むしろ死につつある人間性の寓意である。都市社会において人格が摩耗していく様を、老舎は動物のイメージで静かに表現している」(井口,1998:85)と指摘しているが、この見解は本作の主題と深く結びついている。
おわりに
以上のように、『駱駝祥子』における「ラクダ」は、主人公・祥子の人生の節目に現れる象徴的存在である。ラクダは、自由、希望、再生といった肯定的な意味を帯びつつ、売却されることによってその希望が現実によって裏切られる瞬間をも象徴する。
また、最終的には祥子自身が「ラクダのような存在」へと変わり果てていくことで、本作のタイトルが持つ象徴性は完成する。老舎はこのように、動物を通して都市の非情、近代社会の暴力、そして人間の尊厳の喪失を巧みに描き出している。「駱駝」は単なる物語上のエピソードではなく、本作の核心に位置する多義的なメタファーであり、その象徴性を読み解くことは、作品理解に不可欠である。
(蓬田修一)
引用・参考文献
老舎『駱駝祥子』松枝茂夫訳、岩波文庫、2006年。
藤井省三『現代中国の文学空間』岩波新書、1993年。
井口晃『老舎とその時代――中国近代文学の光と影』勉誠出版、1998年。
伊藤徳也『中国都市文学の風景――北京と上海』研文出版、1995年。