成人式の朝、佐野市文化会館の前庭には、白い陽光が一面に降り注いでいた。日差しはあるものの、北関東特有の肌を刺す寒さが大気に満ちていた。
前庭に集まった鮮やかな振袖の群れは、いくつものグループを作り談笑している。その華やかさが空気の冷たさを艶やかに打ち消していた。
佐藤涼はダークブルーの細身のスーツを身にまとい、ギターケースを片方の肩に背負いながら、新成人たちの集団からは離れて、静かにひとり佇んでいた。
周囲の喧騒は彼にとってどこか遠く、現実感を欠いたものだった。冷気が周囲の談笑する男女の輪郭を曖昧にした。
中学1年から弾き続けてきたギター。その存在は涼にとって単なる楽器を超え、彼の中に潜む不安や焦り、時折湧き上がる希望を吐き出すための「手段」であった。
成人式という節目に立たされた彼は、その「手段」が果たしてこれからの人生において何を意味するのかを測りかねていた。
「おい、涼!」
不意に背後から聞き覚えのある声が響いた。振り返ると、そこには高校時代の同級生で、かつてのバンド仲間だった和也が立っていた。
和也の表情には、都会での生活に晒された者特有の、どこか洗練された薄さが浮かんでいたが、それでも笑顔には昔の無邪気さが残されていた。
「久しぶりだな、和也」
「だよな。お前、変わんねえな。でも、ギター持ってんの、いいね。涼らしいよ」
ふたりの会話は次第に熱を帯び、やがて昔のバンド仲間たちを集めて、成人式の後、即席で演奏会を開く計画を立てた。
すべてが唐突で未完成な話だったが、それがかえって、かつて共有したバンド仲間との熱い思いを甦らせた。
その夜、佐野駅近くのライブハウス「BarKenny」は、成人式の熱気を引きずる若者たちで満員だった。
人いきれの中に漂う熱量とアルコールの匂いは、地方都市の素朴な賑わいを反映しているようだったが、それを不快と思う者はいないようだった。
ステージに立つ涼の姿は、どこか孤高で、黒いレスポールのボディが彼の立ち姿をさらに研ぎ澄ませているように見えた。
「お前ら、今日は楽しめよ!」
ボーカルの佳奈が叫ぶと、涼のギターが歪んだ音でリフを奏で、和也の重いドラムがそれに応えた。
演奏は技術や完成度を超えた、生の息遣いが刻まれているようだった。バンドメンバーはただ懸命に、その刹那を生きた。
演奏が終わり、観客から歓声が上がった。涼は汗ばんだからだを感じながら、何かを成し遂げたあとの安堵を覚えた。
店の外に出ると、空には月が冴え冴えと光っていた。冷たい空気が彼の口と鼻の中、そして肺を満たした。
涼はそのとき初めて、音楽が単なる趣味ではなく、自分を形作る不可欠な何かであることを悟った。
冬の寒空のもと、涼の心には新たなメロディーが生まれていた。それは、これからも続く彼の物語のイントロだった。