2026/4/12
蓬田修一

中華人民共和国はこれまで、6人の最高指導者がいた。(※華国鋒を最高指導者に含めるかは異論があるので、華国鋒を数えなければ5人である。)毛沢東の理念的・革命的路線と、鄧小平の実務的・現実主義路線というふたつの軸は、現在に至るまで一貫して流れている。

毛沢東は革命家であり、中華人民共和国を創業した人物だ。彼の政治・経済政策の是非の別にすれば、類まれなる革命家であった。(※もちろん、彼の政策により、数千万人の命が奪われたといわれており、到底許されることではない。)

毛沢東の本質は単なる政治指導者ではなく、革命思想の創出者であり、国家の正統性そのものを体現する存在であった点にある。共産党による一党支配、階級闘争を基軸とした社会観、そして社会主義国家としての理念は毛沢東の時代に確立された。

しかし、毛沢東が主導した政策、とりわけ大躍進政策や文化大革命は、経済的混乱や社会的破壊をもたらした。理念を優先し、現実の制度や秩序を軽視した結果、国家の運営は大きく不安定化した。

ここで登場するのが鄧小平である。鄧小平は1978年に実権を握り、文化大革命を否定し、階級闘争中心の政治から経済発展を軸とする国家運営へと転換させた。改革開放政策を推進し、市場原理を部分的に導入することで、中国経済を急速に成長させたのである。

重要なのは、鄧小平は毛沢東の路線を全面的に否定したわけではない点である。彼は共産党一党独裁支配という政治体制は維持し、毛沢東の歴史的評価についても一定の正統性を残した。国家の根幹を壊すことなく、その上に新たな国家運営モデルを構築したのである。

こうして中国の統治構造は、毛沢東の理念と鄧小平の現実路線が併存することとなった。毛沢東が国家の正当性を創造し、鄧小平が国家の持続性を確立したともいえるだろう。この構造はその後の指導者にも引き継がれ、現代中国の基本的な枠組みとなっている。

現在の習近平政権も、この流れの中に位置づけることができる。習近平は経済発展路線という鄧小平以来の現実主義を維持しつつ、同時に共産党の統制力やイデオロギーを再強化している。その結果、現代中国は、経済的には開放性を持ちながら、政治的には統制を強めるという特徴を一層明確にしている。

この視点に立てば、現在の日中関係や国際社会における中国の行動も理解しやすい。中国は一貫して現実的利益を追求する一方で、国家の正統性や歴史認識に関しては強い姿勢を崩さない。これは単なる政策の揺れではなく、毛沢東と鄧小平に由来するふたつの路線が同時に機能している結果である。

1950年、公式肖像写真
鄧小平

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