2025/12/22
蓬田修一

日本の大学は少子化の影響もあり、定員割れの大学が多いと聞きます。特に地方の中規模、小規模大学は定員割れが続いています。

こうした状況の中で群馬県前橋市の共愛学園前橋国際大学は20年以上にわたって学生が増加しています。

この大学は2000年までは学生数が減少し、地元でも評判はあまり芳しくない大学とのことでした。

それがいまでは、地元の子供達が通う大学として大学経営を立て直し、地元企業や自治体との協力関係も送りながら事業やプロジェクトを行っています。

また「地域の孫になる」というプロジェクトも立ち上げ、学生たちは限界集落の中に入って 畑仕事や雪かきをしています。

こうした教育活動は多くの人から評価される一方で、大学とは研究機関であり、共愛学園前橋国際大学の取り組みは大学の教育とは違うのではないかという意見もあります。

この点について考えてみました。

1. 「大学とは何か」という問い

本来、大学は

  • 高度な知の創出(研究)
  • その知の体系的継承(教育)

を担う機関として成立してきました。

東京大学や京都大学に代表される研究大学は、今なおこの古典的定義を強く体現しています。その一方で、少子化・人口減少・地域衰退という社会条件の激変により、「大学=研究中心」という単一モデルは、全国一律には成立しなくなっています。

共愛学園前橋国際大学の事例は、「大学とは何か」という問いに対し、地域との関係性を通じて新たな解を提示している存在だと位置づけることができるでしょう。


2. 地域密着型大学の取り組みの評価軸

共愛学園前橋国際大学は「地域の孫になる」というプロジェクトも立ち上げ、学生たちは限界集落の中に入って畑仕事や雪かきをしています。

また、地元企業・自治体との協働も積極的です。こうした活動は、一見すると

  • 職業訓練的
  • 社会奉仕的
  • 高等教育の水準を下げているのではないか

という批判を受けやすいものです。これは、「大学=抽象的・普遍的・理論的知」を重視してきた近代大学観から見れば、自然な違和感とも言えます。

しかし重要なのは、それらが単なる体験活動で終わっているかどうかです。

  • 地域課題を「研究対象」として構造化しているか
  • 学生が現場経験を、理論・データ・比較研究へと昇華できているか
  • 教員が学術的知見として再構成しているか

この点が担保されるならば、地域活動は「大学にふさわしくない」のではなく、新しい研究領域を生み出す実験場になり得ます。


3. 「地域での実践」が最先端研究になり得る理由

わたしは、地域そのものが今後の最先端研究対象になる可能性は非常に高いと考えます。

具体的には、

  • 人口減少社会におけるコミュニティ維持モデル
  • 高齢化と若者流入の相互作用
  • 地域経済の循環構造
  • 非市場的価値(関係性・信頼・ケア)の可視化

これらは、経済学・社会学・政治学・教育学・公共政策など、複数分野にまたがる学際的研究テーマであり、机上の研究だけでは十分に捉えきれません。

共愛学園前橋国際大学のような大学は、
「理論を地域で検証し、地域から理論を立ち上げる」
という点で、研究大学とは異なるかたちの先端性を持ち得ます。


4. 違和感もある

その一方でわたしも、東大も共愛学園も同じ「大学」と呼ばれることへは違和感を感じないわけではありません。

その違和感の背景には「大学はひとつの形」という固定観念が一般的にあるからでしょう。

2017年、専門職大学という新しい高等教育機関が誕生しました。

今後は、

  • 研究中心大学
  • 教育重視大学
  • 地域貢献大学

と多様な高等教育機関が誕生していいかもしれません。


5.大学を見る評価軸

共愛学園前橋国際大学の取り組みは、「大学の水準を下げた例」ではなく、大学という制度を時代に適応させた一つの進化形と捉えることが可能です。

  1. 大学の機能分化を前提に考える
    すべての大学が最先端研究を担う必要はない。
  2. 研究の定義を再考する
    地域実践を理論化・一般化できているか。
  3. 学生にとっての学習成果を見る
    卒業生がどのような思考力・判断力・社会的役割を獲得しているか。
  4. 地域と大学の相互依存関係を評価する
    一方的な「貢献」ではなく、知の循環が生まれているか。

こうしたことを丁寧に見ていきながら、共愛学園前橋国際大学の取り組みを今後注視していきたいですし、同時にほかの大学を考えるときも、
「この大学は、どの社会的課題に、どの知の方法で応えているのか」
という評価軸を忘れないようにしたい。