2014/06/19鑑賞

わたしは2014/06/19、東京国立近代美術館エントランス前の屋外空間において、この作品を見た。
「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」
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2025/12/16
蓬田修一
マーク・クイン《神話(スフィンクス)》の美術史的評価 ――現代彫刻における「身体規範」の再演と相対化――
1.問題提起:なぜ《神話(スフィンクス)》は評価されるのか
マーク・クインの《神話(スフィンクス)》は、造形的なインパクトや素材の強度がまず鑑賞者の注意を引く作品である。
しかし同時に、「なぜこれが評価されるのかが分かりにくい」「面白いが感動しない」という反応を引き起こしやすい作品でもある。
この戸惑いは鑑賞者の理解不足によるものというよりも、むしろ作品の本質に由来する。
本作は、彫刻としての完成度や美的快楽を提供することよりも、西洋彫刻が長く信奉してきた“身体の神話”を点検することに主眼を置いた作品である。
そのため、本作の評価は造形美ではなく、美術史的・制度批評的な射程においてなされる必要がある。
2.マーク・クインの一貫した主題:身体とは何か
クインの制作を理解する上で重要なのは、彼が一貫して「人体表象」を問題化してきた作家であるという点である。彼は、
- 自身の血液を用いた《Self》
- 障害をもつ身体を正面から彫刻化した《アリソン・ラッパー・プレグナント》
などを通じて、「理想的身体」「正常な身体」という概念が、文化的・歴史的に構築されたものであることを示してきた。
《神話(スフィンクス)》も、この流れの中に位置づけられる。すなわち本作は、「人体の美」を提示する彫刻ではなく、その“美”が成立してきた前提条件を可視化する試みなのである。
3.スフィンクスという主題の意味
スフィンクスは、西洋美術史において極めて象徴的なモチーフである。
古代エジプトやギリシャ神話に由来するこの存在は、
- 永遠性
- 権威
- 神話的秩序
- 理想化された身体性
を体現してきた。
言い換えれば、スフィンクスは西洋彫刻が信じてきた「普遍的な身体規範」そのものを象徴する存在である。
クインはこのモチーフを引用するが、決して古典的理想を再現するためではない。
むしろ、あえて神話的形式を借りながら、その内部に違和感や不安定さを持ち込むことで、神話としての身体像を内側から揺るがすのである。
4.タイトル《神話(Myth)》のアイロニー
本作の評価を考える上で見逃せないのが、タイトルに「神話(Myth)」という語が明示されている点である。
これは、スフィンクスという存在そのものだけでなく、
- 理想的身体
- 普遍的美
- 永続的価値
といった概念が、実は「神話=信じられてきただけの物語」であることを示唆している。
つまりクインは、スフィンクスを彫刻することで、神話を肯定しているのではない。むしろ、
神話として信じられてきた価値は、本当に今も有効なのか
という問いを、鑑賞者に突きつけているのである。
5.現代彫刻史の中での位置づけ
美術史的に見ると、《神話(スフィンクス)》は次のような流れの中に位置づけられる。
- 古典彫刻:理想化された身体の提示
- 近代彫刻:歪み・断片化(ロダン、ブランクーシ)
- 20世紀後半:身体の政治性(フェミニズム、ポストコロニアル批評)
- クイン:規範そのものの再演と相対化
クインの特徴は、単純に理想身体を否定するのではなく、あえて古典的形式をまとわせた上で、それが不安定であることを露呈させる点にある。
この戦略は、現代美術に特有の「引用と転倒」の方法論に基づいている。
6.「面白いが分かりにくい」ことの意味
《神話(スフィンクス)》が感動や共感を生みにくいのは、欠点ではない。この作品は、
- 美しいかどうか
- 崇高かどうか
- 好ましいかどうか
という判断そのものを宙づりにすることを目的としている。
鑑賞者が感じる違和感や判断不能性こそが、作品体験の核心なのである。
その意味で本作は、「見る彫刻」ではなく「考えさせる彫刻」の代表例といえる。
7.結論:本作の美術史的評価
マーク・クイン《神話(スフィンクス)》が美術史的に評価される理由は、以下の一点に集約できる。
西洋彫刻が長く信奉してきた「神話的身体」を再演し、その制度的前提を可視化・相対化した点。
本作は新しい美を提示する彫刻ではない。むしろ、古い美の制度を点検し、問い返す彫刻である。
そのため、理解には美術史的文脈への接続が不可欠であり、直感的な快楽だけでは捉えきれない。
この点において、《神話(スフィンクス)》は、21世紀の彫刻がどこへ向かおうとしているのかを示す、指標となる作品である。