2025/11/20

高校生の多くが、国語で習う漢文を不要または「どうしてこれを習わないといけないのか?」という疑問を持っている。

・漢文なんて一生使うことはないだろう

・日本の古典である古文を勉強するなら分かるが、どうして中国の古典を勉強しないといけないのか

・どうせ勉強するなら漢文より現代中国語を勉強したほうがいい

ここでは漢文がどうしてオワコンになってしまったか考えたい。

ご存じのように、江戸時代、漢文は日本人の教養であり実学であった。

武士階級のほぼ100%、農民や町民も都市部だけでなく、山中の村や貧村は別にして、多くの子供が寺子屋などの教育施設に通って読み書きそろばんを習い、漢文を習う子もいた。

明治になってからも、おとなの男たちの共通素養であり続けた。

明治時代は、ちょんまげに代表される江戸文化を捨て去り、西洋文化を積極的に摂取していたから、漢文という古くさいものは疎んじられたように思えるが、実際は逆に漢文に親しむ人はさらに増えた。

江戸時代は武士階級と名主や有力町民が漢文に親しんだが、明治になり全国民が学校で漢文を習うようになったから、漢文に親しむ人数は一気に増えた。

漢文は国民的素養となり、大正時代が最も漢文が盛んな時代であった。いまでも全国紙には短歌と俳句のコーナーが大きく割かれ、読者からの句作が掲載されているが、大正時代は漢詩のコーナーが設けられ、読者が詠んだ漢詩が掲載されていた。

日本は戦争に敗れ、GHQが占領すると、教育内容は大幅に変わり、漢文は学校教育から減らされた。

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漢文はどうしてオワコンになったのか?

理由はいくつかある

・江戸時代までは漢文が中国、日本、朝鮮、ベトナム、そのほか中国周辺諸民族の共通言語だったが、今はそれが英語に取って代わられた。

・学校教育で学習する時間が著しく減った。

・漢文についての知識や素養を教養として捉える習慣が廃れた。

一番目は国際社会の事情であるから、個人としてはどうすることもできない。

二番目も制度の問題であるので、これも個人でどうこうできるものではない。

ここで問題としたいのは三番目である。国民が漢文を大人の教養として認めなくなったから、漢文はオワコンになったのだとわたしは考えている。

かつて社会のリーダーたち(政治家、大企業経営者、文化人など)は、自分が書く文章や挨拶などで漢文のフレーズを引用したり、漢文の知識をもとにした表現をすることが多かった。

それを見た若い人たちは「リーダーになるためには、自分自身の専門性を高めるだけではダメで、教養として漢文を身に付けないといけない」と考えたに違いない。

昭和40年くらいまではかろうじて、社会のリーダーたちは漢文を引用していたと思う。

それ以降、リーダーたちは漢文を使わなくなったから、若い人たちも漢文をリーダーの教養とは考えなくなったのだ。

だからわたしが考える漢文復活の方法は、リーダーたちが漢文を使うこと、である。