2026/1/25
蓬田修一

日本と韓国の間で問題が持ち上がるたび、わたしは違和感を覚える。なぜ日本統治時代のことを、現在の政治や外交の分野で強く持ち出すのか。なぜ「清算」や「謝罪」を要求するのか。

私の研究では、
① 韓国社会には「過去を裁く文化」があること
② 日本による統治を「自分たちの失敗」として消化できない構造があること
が根底にある。そのことについて、少し書いておく。

「過去を裁く」文化の源流

韓国社会には、過去の権力や行為を後世が厳しく評価し、必要であれば裁くべきだという強い意識がある。この背景には、李氏朝鮮(朝鮮王朝)が約500年にわたって続いた政治文化が深く関わっている。

李氏朝鮮は朱子学を国家理念とし、政治の正当性を血統や制度だけでなく「道徳」によって支える体制だった。王であっても徳を失えば正統性を失い、廃位されることがあった。歴代の王の言動は史官によって厳密に記録され、死後に功罪が確定的に評価された。つまり、権力者は常に「歴史によって裁かれる存在」だったのである。

このような文化の中では、過去の過ちを曖昧にしたままにすること自体が不道徳とみなされる。和解よりも是非善悪の明確化が重んじられ、「過去を裁く」ことが社会的に正当な行為として受け止められてきた。この思考様式は、現代韓国においても無意識の前提として生き続けている。

韓国では、過去を裁くことによって現在の正当性を確立するという発想が根強い。

近代の朝鮮歴史がこの傾向をさらに強めた

もっとも、現在見られる強い「過去清算」志向は、朝鮮王朝の文化だけでは説明できない。近代以降の歴史経験が、この傾向を大きく増幅させた。

最大の要因は、日本による統治である。韓国にとって近代国家形成は、自らの内的改革によってではなく、外部(日本)からの支配によって中断された形になったと韓国人は考えているようである。

その結果、「なぜ自分たちは他国に統治されたのか」という問いが、容易に自省へと向かわず、外部への責任追及へと向かいやすい構造が生まれた。

つまり、日本統治期を「自分たちの近代化の失敗」として内面化し、消化することが難しかったのである。