2012/9/9
横浜中華街

2025/12/2
春日部駅前日高屋

2025/12/11
春日部駅前日高屋

中華丼という「日本の料理」――町中華に潜む受容と変形の文化史――

2025/12/21
蓬田修一

中華丼は、身近な料理である。町中華の定番であり、家庭でも作られ、チェーン店でも無理なく提供される。この料理の来歴をたどると、日本人が異文化の料理をどのように受け入れ、変形し、自分たちの生活に定着させてきたのかが鮮明に浮かび上がってくる。

まず確認しておくべきことは、中華丼が中国料理ではない、という事実である。中国に、日本の中華丼と同じ定型の料理は存在しない。白飯の上に、八宝菜風の具を醤油味のとろみ餡でかけるという形式は、日本で生まれ、日本で育ったものである。わたしは横浜か神戸の中華街の料理人が日本人向けに考案したメニューかと思ったが、調べると町にある中華料理店の日本人料理人が始めたようでもあり、詳しいことはわからない。自然発生的に出来上がった料理なのだろう。

中華丼は、中国料理を「模倣」した料理ではなく、中国料理の要素を借りながら、日本の食文化の論理で再構成された和製料理なのだ。中華丼が成立した背景には、日本固有の「丼文化」がある。親子丼、天丼、牛丼に代表されるように、日本では主食と主菜を一体化させた食事形式が古くから発達してきた。丼は、短時間で食べられ、器が一つで済み、労働や都市生活と相性が良い。戦後の外食産業が求めた「安く、早く、満腹感がある」料理の条件を、丼は完璧に満たしていた。

そこに中国料理の「あんかけ」という技法が結びつく。野菜を多く使い、肉や海鮮は少量でも満足感があり、とろみで全体をまとめる。これは栄養面でも経済面でも合理的だった。余った野菜や具材を活用できる点も、町場の中華料理店にとって好都合だっただろう。こうして、中華風あんかけと白飯が結びつき、中華丼という形式が広がっていったと考えられる。

味の面でも、中華丼は極めて「日本的」である。香辛料は控えめで、油脂も強すぎず、醤油ベースの味付け。強烈な個性はないが、誰にとっても食べやすい。この無個性さは弱点ではなく、むしろ中華丼の最大の強みだといっていい。

この中華丼の性質はいまでも変わっていない。わたしの記憶違いかもしれないが、10年ほど前は日高屋には中華丼のメニューはなかった。それもあって、日高屋からは足が遠ざかっていたが、最近、日高屋に中華丼があることを知り、いまでは月に1~2回、日高屋で中華丼を食べている。

中華丼は、中国料理でもなく、純粋な日本料理でもない。しかしその曖昧さこそが、日本の食文化だけでなく日本文化そのもの本質をよく表している。異文化をそのまま受け入れるのではなく、自分たちの感覚や生活に合う形へと変形する。その結果として生まれたのが、中華丼という料理なのである。