2025/11/23

2019年お台場

私は現代アートが好きで、もう15年以上、美術館に行って作品を見ている。

現代アート作品のなかには、ヤノベケンジの《ジャイアント・トらやん》のように巨大ロボットもある。

2009年、東京都現代美術館での《ジャイアント・トらやん》の展示はとても面白く鑑賞した。

2019年、わたしはお台場で1/1ガンダムの造形を見た。こちらもとても面白く見たのだが、《ジャイアント・トらやん》と同じ巨大ロボット作品であるにもかかわらず、

「これはアート作品ではない」とはっきり感じた。

そのときはどうしてなのか整理がつかなかったが、いま改めて考えてみるとその理由が分かる気がする。

以下に、どうして1/1ガンダム像はアート作品ではないのか書いてみたい。

☆   ☆

お台場の1/1ガンダム像は圧倒的な面白さがあり、造形としても見事だ。

しかし、現代美術として語られる作品とは位置づけが異なる。違いは「造形の良し悪し」ではない。

作品が成立する文脈=コンテクストにある。

お台場ガンダムは、既存作品のキャラクターを公式に原作と同じ姿でファンのために再現することを主目的としている。

目的はあくまで、「ガンダム世界の具現化」「ファンへの体験提供」である。

お台場ガンダム像は、版権管理会社、スポンサー企業、地域振興プロジェクトといった複数のステークホルダーにより、エンターテインメント作品の展示として成立している。

一方、現代美術作品は

「この造形は現代社会に何を問いかけているか?」

という固有の問いが、作品成立のための要件と言える。

作品そのものが社会を批評するという機能を持っているのだ。

お台場ガンダム像は企業プロジェクトであり、美術的問いや社会的批評の機能はない。

☆   ☆

トらやんは、どうしてアート作品なのか?

《ジャイアント・トらやん》は、ヤノベケンジという作家自身が作品世界を自立して構築している。

さらに、ヤノベケンジは現代社会の諸問題(都市、防災、原子力、テクノロジー)への批評を作品制作を通じて行っており、《ジャイアント・トらやん》にもそうした批評精神が含まれている。

ほかにも、《ジャイアント・トらやん》を現代美術作品たらしめている要素はあるが、まとめていえば、ガンダム像はファン文化、企業プロジェクトであり、トらやんは現代社会・美術史への問いである。

ガンダム像は「再現」である。

対して、《ジャイアント・トらやん》は「創造」ということもできる。

ふたつの作品の存在理由が根本的に違うのだ。

☆   ☆

わたしは作品を見たとき、直感的に感じる、いいな、あんまりよくないな、という印象を起点として鑑賞するタイプだ。

何を見たら「いいな」と感じるのか、これまで漠然として整理がつかなかった。

今回、ガンダム像とトらやんを比較して、少しわかった気がする。

作品を見たとき、トらやんでいえば、作品の大きさや素材といったすぐにわかることだけでなく、以下のような、作品の背後にあって分かりにくい複数の要素を感じたとき、「いいな」と思うのだ。

迫力

子どもらしさ

サバイバル装備

不安

日本文化の引用

社会への問い

パフォーマンス性

これらが重層的に成立している作品が、わたしにとって「いい」のだ。

2009年5月 東京都現代美術館