2026/2/1
蓬田修一
Saizeriya’s management philosophy is not to make price a ‘strategy’.
外食産業を取り巻く環境は、ここ数年で大きく変化した。原材料費の高騰、人件費の上昇、物流コストの増大。多くの飲食店が値上げに踏み切るなかで、サイゼリヤは低価格を維持し続けている。なぜサイゼリヤだけが、こうした選択を可能にしているのか。その答えは、サイゼリヤの経営思想、とりわけ「価格の位置づけ」にある。
多くの飲食店にとって、価格は戦略である。原価が上がれば価格を調整し、競合が値下げすれば追随する。価格は環境変化に応じて動かす「変数」として扱われるのが一般的だ。しかしサイゼリヤは、この発想を根本から逆転させている。サイゼリヤにとって価格は戦略ではない。最初から動かさない前提条件なのである。
「この価格で提供する」。まずそれを決め、その条件を成立させるために、仕入れ、調理、物流、店舗運営のすべてを組み立てていく。契約農家や自社農場への長期投資、食材の加工拠点の整備、メニュー数の絞り込み、オペレーションの単純化。これらは「安く売るための工夫」というより、「価格を変えないための構造づくり」だと言える。
この姿勢は、吉野家やすき家と比較すると、よりはっきりと浮かび上がる。吉野家は「早く、同じ味を、確実に食べられる」ことを価値の中心に据えている。牛丼は完成された商品であり、客は食事そのものよりも「短時間で食事を終えられること」を求めて店を訪れる。原材料価格の変動によって価格が上下することは、ある程度やむを得ないという考え方が前提にある。
一方、すき家は牛丼を「ベース商品」と捉え、トッピングや期間限定メニューによって選択肢を広げてきた。味の変化や楽しさを提供することで、客層を広げ、需要を喚起する。価格はキャンペーンや商品構成によって柔軟に動かすものと位置づけられている。
この二社に比べると、サイゼリヤは際立って異質だ。サイゼリヤが提供しているのは、料理単体の魅力以上に、「誰でも、いつでも、無理なく使える外食の場」である。学生、家族連れ、高齢者が同じ空間で同じ価格を共有する。その日常性こそが価値であり、価格が上がることは、その前提を壊す行為になる。
だからこそサイゼリヤは、短期的な利益や効率よりも、長期的な持続性を選ぶ。客単価を無理に上げず、回転率を極端に追わず、居心地のよさを保つ。結果として一人あたりの利益は小さいかもしれないが、多くの人が繰り返し利用することで、全体として成り立つ構造をつくっている。
サイゼリヤの低価格は、競争のための武器ではない。社会の中で外食が果たす役割をどう考えるか、その答えとして選ばれた「姿勢」なのである。価格を戦略にしないという決断は、派手さはないが、きわめて思想的で、誠実な選択だと言えるだろう。