令和7年4月6日、調査に訪れた。
日本陸軍東部軍管区教育隊跡地は千葉県船橋市にある。
最寄り駅は、京成線習志野駅である。
わたしは降りる駅を間違えて、隣駅の薬円台駅から歩いたが、15分もかからないで現地に到着した。
このあたり一帯が広大な陸軍東部軍管区教育隊の敷地であった。
歩きながら跡地の現状の様子が観察できたのは、思わぬよい現地調査となった。
歴史の調査というのは、現地に行って、現場を歩いてみるのが、まずは一番よい方法のように感じる。
現地を歩いて、現場の雰囲気をじかに感じると、往時の様子が脳裏に徐々に構築されていく思いがする。

門柱は、和菓子屋に隣接して建っていた。

どっしりと存在感のある門柱だが、コンクリート造りの質素なものである。
門柱が作られた昭和18年は物資が不足していたから、このような質素なつくりになったのかもしれない。

裏面には金具が残っている。

門柱であるから一対あったはずだが、片側しか現存していない。
片側だけでも現存しているのは、往時を知る貴重な手がかりである。ありがたいことだ。
どういう経緯で残ったのかは不明だが、もしかしたら、この門柱が立っている道路は私有地で、地主が残したのかもしれないと勝手に考えたが、どうなのだろうか。

門柱を横から見る。

門柱を後方から見る。

門跡全体を見る。右側の門柱が現存し、左側の門柱は撤去され、現存していない。

東部軍管区教育隊の敷地は25万㎡と広大だった。
現在は、歩兵教育隊6個中隊の兵舎跡地は県営住宅と薬円台小学校に、教育隊本部跡地は薬円台高等学校となっている。