2026年4月16日調査
東日本で最大級の前方後円墳である。
全体を見ると迫力がある。
クルマを近くに駐車し、古墳へと入った。

墳頂まで調査したが、石室があったと思われる場所には、遺跡的なものは何もなかった。
疑問は、もともとあった小山を古墳として利用したのか、または土を盛って墳丘を築いたのか、どちらだろう?
墳丘の周囲には堀はないので一見すると土を盛ったとは考えられない。
しかし古墳ができてから1500年ほど経っているので、周囲にあった堀はその間に農地とするために埋められてしまったのかもしれない。
ちなみに周囲はいまでも畑である。
この古墳の近くに女体山古墳がある。
小さな墳丘だ。

